どうしよう

昨年の秋頃からヨガもとっぷりと深まって。

関わる人々から多大なパワーをいただいて、影響を受けて、背中を後押しされて
あれこれ気になることがたくさんあって、どれも中途半端に手を付けていて完結していない

ヨギーのベーシックトレーニングコースを受講中から受講後も
自分の中でモゴモゴとしている、コレ、収拾がつかないんですけど・・・

こんなことを考えていた

わたしは
強くなりつつあるが、それでもぐらつく時はぐらつく

その時は
なるべく波に飲み込まれないようにぐらついている自分を客観的に見る

なんでこんなに不安定?
あぁ凄くイライラ
不安要素なんて何もないのに、どうして?

あ、この人、いま、揺れているって気づけたら
揺れが収まるのを、待つ

すると不安要素が見えてきて
なんだ、こんなこと気にしていたんだと思える

過去と比べて処理が早くなった
…過去と比べる必要なんてないのにね、でもそんな風に思えるようになった

拘っていた事柄を手放す時期にさしかかっているのかも。
まだ未練がある

自分がいちばん
自分が大事
負の自分もわたしの一部
通過点
みんな必然

手放せばきっと身軽になることを知っている
知っているのに実行に移さない
実行に移せないということは結局なにも変化していないということ?
お得意の先延ばしだ
滑稽

なんだろ。これ

わたしは
強くなりつつある

それでも
ぐらつく時はぐらつく

その時は
なるべく波に飲み込まれないように
ぐらついているわたしを
客観的に見る

なんでこんなに不安定なの?
あぁ凄くイライラする
不安要素なんて何もないのに、どうして?

あ、この人、いま、揺れている
って

揺れが収まるのを、待つ

すると
不安要素が見えてきて
なんだ、こんなこと気にしていたんだ
と思える

過去と比べて処理が早くなった
…比べる必要なんてないのにね、でもそんな風に思えるのよ

拘っていた事柄を手放す時期にさしかかっているのかも。
まだ未練がある

自分がいちばん
自分が大事
負の自分もわたしの一部
通過点
みんな必然

手放せばきっと身軽になることを知っている
知っているのに実行に移さない
実行に移せないということは
結局なにも変化していないということ?
お得意の先延ばしだね
滑稽

基盤づくり

いよいよ始まりましたベーシックトレーニングコース略してBTC

今回のBTCに参加できたのはパートナーの多大なる理解と協力があってのこと
まずそのことに感謝する
ほんとに恵まれた環境です

およそ10年のあいだに培ってきたことや記憶の奥の方にいってしまったこと
新しい観点からの情報…それらの再認識

この先 身体だけのヨガで終わってしまわないように
今とても一点に向いているであろう意識を連れて、それを見つめ直すもの


なかなかこれが濃い時間なのです

狂気の沙汰の結末

同じ干支
ちょうど12年前くらいまで夢中になっていたビーズアクセサリーづくり


狂気のはじまりだったのかも


行き先のないアクセサリーを果てしなく作り続け
パーツや作品がどんどん蓄積されていった

ある時を境にぱたりとしなくなった

仕事や家事がMUSTで、他に興味の対象ができていたのだろう

ずっと捨てずに封印していた
時々、服に合わせてちょろっと作る程度でのめり込むことはなかった

肉体的疲労が大きくなって…
肩こりと眼精疲労


断捨離と称して全て捨ててしまえる程の思いきりがなくて、今日に至る

だったら、作りかけのものは形に残して完成させて終わりにしよう

思い直し、封印されていた箱を開けて、最近またチマチマと作業している

手作りモノ販売のサイトもあるけど
そこまで参加するバイタリティものめり込み度もない
だいたいそこまで時間を費やせない
他にもやりたいことは沢山ある


金具類のパーツが微妙に足りなくなったので、何年ぶりかで訪れた浅草橋は
やはり手作り好きな女性で賑わっている

アクセサリーも流行があり、近頃はこんなんが人気なんだ、とか
金具も新色が登場したり、素材も良質な18金があったりしてまたもや発見色々で、
あれこれ手を出したくてウズウズする!
でも堪えて最小限必要なものだけを。

過去に買ったものと、過去に形に出来なかったことを
当時とは違う視点から完成に近づけている
過去の思いのあと始末は自分の手で。

幸いにもいまはそんな時間があるので、もう思い残すことのないように
キチンと終わらせようと思う

もし、また、やりたくなったら
…やり始めるけど、行き場のないもの作りはもうしない


そして、商店を営む親戚の店に置かせていただいた
郊外の商店街、廃業寸前の寝具店で客層も恒例であることと、
叔母はこのようなアクセサリーに全く興味がなく…場違いなところに置いてしまった感
一ヶ月くらい経ったら回収して
実物を見たいという奇特な方がおられたらその人に見て頂いて
余ったものはヴィンテージビーズだけ残してあとはきれいさっぱり処分です
清々しい

わたしのこの行為を「自己肯定」とおっしゃってくださった
その人の言葉によって
今まで否定し続け、切り離して忘れ去りたい過去の自分を
本当に肯定できたような気がする

これからは、逃げ場のようにのめり込むことなく
作りたいときに欲しい分だけ つくる


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