仕事選び

  • Day:2017.03.08 16:48
  • Cat:WORK
ふたつの派遣会社に新規で登録をした
ひとつはオンラインのみで完了したけど、ひとつは来社しての登録

久々に自分の職務経歴を洗い出す
スキルチェックでPCに向かう
初対面の若いお姉さんと面接

くたびれた



今までと違うことをやろうと思ったら派遣社員としての労働は意にそぐわないのではないだろうか
過去のスキルを基準に社内選考されるわけだし
もうExcelのデータ集計やグラフ作成に懲り懲りしているし

スキル抜きで仕事選びすると、ピッキングなどの軽作業ばかり
これって10数年前にやっていたことで
こんなんもう卒業したい!ってパソコンの勉強を必死になったわけなので、後戻りするような行為は避けたい

ほんとうは何をしたいんだろーね

今現在、仕事はしていないけど
日常には満足しているんだよね
まぁ金銭面で少しゆとりが欲しいのと負担を減らしたいという程度で。
おそらく仕事始めたら家事のクオリティは下がる=家事の負担を増やすことになる


働く前から考えることこそ時間の無駄無駄


とりあえず、今日はもう仕事のこと考えない!

空間ができたので思えるようになったこと

ひとつひとつ少しずつ少しずつ片付いてきたので、次の段階に進む頃かもしれない

病院は、通院もほぼ一段落したし歯医者もあと2回
音楽は、潰れたiPodはiPhone4Sで代用できるようになった!眠っていたiPhone4Sがまだ使える!
アクセサリー制作熱は、だいぶ鎮火してきた
家事は、かなり時短できるようになった
ヨガは、…終わるところがないのでねぇ。。。

2年近く同じ先生のクラスに通っていて、先生とお会いするのも楽しみの一つだし
何と言っても行き慣れているので、継続することはとても安心感がある
ただし、クラスのレベルはずっと同じ
そろそろ違うことにもチャレンジしてみたくなった
ずっと気になっていた先生のクラスを受講し始めたのが今年に入ってから
苦手だと思うポーズは、やり慣れていないから
体と相談しつつ、少しずつ難しいことにも向かっていく

ヨガの回数が減ってしまうけれど、生活の中に少しずつ仕事も加えていく心構えがやっとできてきた
結婚して2年近く。遅すぎの構え、これが自分のペースなんでしょう

ピラティスとジャイロキネシス

シルシアサナができるようになりたい!と練習し続けて2年ちょい
個人差があるとはいえ、長い道のりだった
それでもやっと30秒くらいは逆転でキープできるようになったものの、それ以上続かない

体幹がわかっていない、使えていないと指摘を受けて、ビラティスを初めてみたらこれがまぁ効果的で!

ぽっこりお腹を引き締めるには腹直筋ではなく腹横筋を鍛えると良いのだとか読んだ本に書かれていて
解剖学もBTCの必須で講座を受けたが、座学よりもやはり体験の方が勝る
ロールアップや地味なエクササイズがお腹にキツイ。キツイということは、その時そこの筋肉が使われているということ

私はヨガが好きなので、ペルヴィスもピラティスも興味ないのよ〜と自ら扉を閉めていた
扉を開けたら、それらの地道なエクササイズはヨガにきっちりと返ってきた
つまり以前よりもヨガがやりやすくなった なので ますますヨガが楽しくなった
もっともっとヨガを楽しみたいし、深めたいので、時間の許す限りピラティスも継続する

バランスボールを使ったピラティスは、いかに自分がぐらついているかということがもろに分かるので面白い

で、以前から気になっていたジャイロキネシス
こちらは今日初めて受けてみた
ジャイロキネシスとはバレエダンサーが考案したエクササイズ
リズミカルな呼吸に合わせて、特に背骨を意識し、肩周りも骨盤周りも滑らかに動かしていくというもの
身体の真ん中にある背骨をシャキッとまっすぐにしていれば、身体の正中線もまっすぐってこと?だよね

下半身でしっかりとグラウディングできていれば、肩周りももっと脱力できるだろう
肩の力みが抜けて首も縮こまらなければ、シルシアサナももっと長時間キープできそう
お腹(丹田)にグッと力を入れて、鳩尾が出っ張らないように、身体の中のどこも力んでいない、自然なまっすぐを目指す

回り道することが、実は近道であった

終わりはない

女子会

いくつになっても女子は女子会
今回は3人
そのうちの1人と私は20数年ぶり、彼女同士は33年ぶり、つまり中学を卒業してからまったく会っていなかったんだとか!
その数字に愕然とするも、それぞれ顔に刻まれたシワや、彼女たちの産んで育てた子供の年齢を考慮すると、33年という時間の経過も頷ける

隠す白髪
荒れた手
すっぴん

みんな老けた

生活水準がほぼ同レベル
やはり同郷の、似たような環境で育った者同士だからこそ付き合いも続いていたのではないか

とはいっても付き合いなんて薄っぺらい年賀状1枚だけこやり取りが20数年
それだけで繋がっていたのかって思うと年賀状も侮れないのだな


そして今回はみんなバツイチ(*´ω`*)

別れた理由は
ギャンブル依存症
モラハラ

相手に対して抱く感情がそれぞれであったとしてもね、別れるにはとてつもないチカラが必要なのである

子供3人かかえてシングルマザー奮闘中の彼女
子供3人育て終え、旦那からも解放されて今を謳歌している彼女

ふたりとも芯が強くパワフル!
子育ての話題には付き合えないけどね


20年数ぶりの再会を果たした友人とは年賀状を欠かさずにいたので、か細いながらもずっと繋がりがあった

私はモノを後生大事に抱え込む人間で
言われた言葉、態度・対応などよく覚えている。それも相手は覚えてもいないような取るに足らないこと達を
そして物質としては、幼少時代からの年賀状や手紙も未だに実家に保存してあるという…( ̄ー ̄)
終活としてそろそろ処分してもいいのかな、と直近数年の賀状をパラパラと眺めていたら、20数年ぶりに会った友達からは毎年同じようなメッセージが書かれていた

実家同士が近いので、帰省の際にはいつも私の家を気にしていてくれていたのだ
携帯に電話をくれていたのに、いつも出てくれないと(全然気づかなかった)書かれていた

年賀状を出しても正月過ぎて5日か6日あたりに毎年彼女からの賀状が届くので、この人はくれた人にだけ出すタイプの人なのだなと、一方的に判断していた
実際そういう人は何人かいて、裏を返せば私が賀状を出さなくなれば繋がりは途絶えるということなのだ

LINEも既読がつかないから再会にも乗り気じゃないのかなと思い込んでいたけれど、彼女と会って現状を知り、スマホも頻繁に見るわけでもなく、自分の賀状なんて後回しになってしまうような生活を送っていて…
自分の物差しで他人を見ている自分を認識してしまった

メッセージは遅れてくる賀状にちゃんと記されていたのに、自分は読解力すらないのかと、ほんっとに自分のバカさ加減に笑えてしまった


地元以外の人、社会に出てから出会う人々は、学歴やその後の仕事や趣味や興味の対象が自分の視点とは全然違うことばかりで新鮮であったり、気後れするものでったり、劣等感を感じる事であったり、共感できない事も多々あったり、大いに興味深く惹かれるものであったり様々である

これもよし


思春期・成長期に時間を共有した友だちというのは、無条件で無防備に安心できる最高の宝物なのかもしれない

物質として残さなくても、しっかりと自分の中に根付いているもの

人に見せびらかすモノではなくて
SNSの友達の数ではなくて
他人と比較する必要もなくて

そんなふうに大切な、友だち



放射線治療

平日毎日連続30回
継続することが効果が出るという

決まった時間に病院へ通う日々
案外、実際たかだか10分程度の治療に毎日毎日って面倒なのだ
ましてや照射時間は1分あったのかどうか…

身体にマーカーで印を書かれて、2人の技師が毎回その印を目安に慎重に位置合わせをする、この準備時間が大半だった
2週間も過ぎるとさすがに疲れてくるんだよね
そんな患者の心境も考慮してくれているのか、放射線科の技師さん達は当然のことながら患者さん慣れしていて、とても和やかな雰囲気を作ってくれる

初めの1、2週間は全く効果が分からない
こんなんでホントに放射線浴びているの?というような
しかし、それ以降ジワジワと反応が出てくる
左胸とその周辺が赤くなってきて、乳輪が大きくなったの?とビックリするくらいの色素沈着
そして、ヒリヒリ

まるでやり過ぎちゃった日焼けのよう

布が擦れるだけでも痛いので、締め付けるブラジャーなんてとてもじゃないけど付けられない
今の時代、あってよかったキャミブラ
着古して若干緩めのホールドのもので丁度いい
でも擦れると、痛い

日を追うごとに醜くなっていく胸に、この歳でもちょっとショック
これは完全に治るのだろうかと疑心暗鬼になるほどに
お風呂に入っても胸まで湯船には浸かれないし、触るのも痛いのでささっとしか洗えない
マーカーの印が消えてしまうのでゴシゴシ洗うこともできない

25回は胸とその辺りに、残りの5回は癌のある場所(手術で取りきれなかった所)にピンポイントで照射

位置合わせが終わると技師さん達は別室へ行き、部屋には私1人残されて放射線を浴びる
毎回、上半身露わでひとり台の上に寝そべって天井に映る緑と赤の動くラインを眺めながらあれこれ思う

技師さん達とはもうお会いすることもないが(あってはならない)、まぁ、数ヶ月に一度の放射線科の先生との診察の時にチラリとお目にかかる機会もあるかもしれないけど、先生よりもお世話になったよね

30回の照射が終わり、通院の必要がなくなった〜(*⁰▿⁰*)
と安心もしていられない
なんと照射後の方がイロイロ出てくるのだな

赤みはどんどん酷くなる
触れられない
というのが3週間程度続いて、そのあとはいつのまにかヒリヒリが治まり、触れられるようにもなってきて、年末には肩まで湯船に浸かれるようになってきた
そして日焼けのあとのように擦るとポロポロ皮が剥けてきた

焼けた角質が剥がれ落ちたあとは元の皮膚の色に戻ったものの、乳輪まわりはまだ色濃い。1年くらいかかるのかなぁ

放射線の副作用として何度も聞かされたのが肺炎
左胸なので、肺にも少し照射してしまうそうだ
照射3週間経過した頃に肺炎になる人がたまーにいるのだとか

ちょっと咳が出るたびにもしや⁈とビクビクしたけど、幸いなことに肺炎にも風邪にも至らずヨカッタ


そして症状はすっかり落ち着いた


高額医療費の申請しといてよかった
それでも自己負担額はけっこうなもんで、支払いのたびにあぁ出費がかさむ〜と心労も大きかった。ので、そろそろシゴトしよう