流行りの断捨離を少しずつ

断捨離

捨てられずにいつまでも手元に残してしまうものが多々ある
友だちからの手紙や年賀状
いただいたプレゼント
旅先での切符や半券やチラシや包み紙
ぬいぐるみ、画材、手芸用品
まだ着るかもしれない洋服
買ったけど合わなかったので残ってしまったシャンプーや洗剤や化粧品

沢山ある

住居には限りがあるので、うまく収納していかなければ物で溢れてしまう

年末に掃除をしつつ、物の多さになかなか片付かずに疲労困憊して
年明けて、気持ちも新たにそろそろ処分しようと決意したのは、まずは写真とリバーサルフィルムと年賀状だ

フィルムからデジタルに時代は変わり、フィルムをデータ化するという作業をする男性の話を頻繁に耳にする
男性の方が、物(作品)に対する執着があるのかな?
たまたま私の周りにそういうことするのは男性だけなのかもしれないので、あくまでも一個人の意見

データ化も一時は考えた
でもおよそ10年近く実家の押入れに眠っているポジフィルムは、おそらく10年先も見返すことはないのだろうと気づいた
自分にとって手紙や写真を見返すのは、過去を懐かしんで振り返る行為でもあったかもしれない
ポジフィルムに写した風景たちは、今の自分、これからの自分にはもう必要がない
思い出したくない過去であり、もうとっくに通り過ぎてしまったものたちなのだ

年賀状に関しては、思い込みを捨てたいので処分に至る
滅多に会うことがない遠方にいる友だちが多いので、会えないから年に一度の葉書は途絶えずにいようなんて思っていた
でも正月を1週間も過ぎてから年賀状を寄越す人というのは、もらったから返事を出すという感覚なんだよね
または直近にお世話になったり、関わった方々へのご挨拶としての年賀状と捉えているのか。自分がそれに近くなってきたこともある

だから私が出すのをやめたら、繋がりは途絶えるんだな
それが怖くて出し続けていた人もいたけれど…

やっとわかった!
そういう人とはもう接点がないのだ
2度と会うこともなかろう
年賀状のやりとりがなくても、ご縁がある人とはきっとまた会える
それだけのことなんだよね

年老いてから昔を懐かしくしみじみ思い出すために残しておいたものだけど、
年老いてからは今を楽しんで生きているだろうから、過去は振り返らない自分でいるだろう

年賀状に拘る思いを捨て、物質も処分して、解放して身軽になりましょう


繋がり

前屈が得意な人は内向的で
後屈が得意な人は社交的
という話を聞いた
ナルホド
その形の通り、自分の内側に向かうのと、胸を開いてオープンにするのと真逆だ

1人でも構わないわと誰とも口をきかずに仕事なりヨガなり黙々とこなして終えて帰って行く
自己完結で十分だった。満たされていた。

ちょっとしたきっかけで誰かと言葉を交わすようになると、会社なりヨガスタジオなり本来の目的以外にも案外と楽しみができたりするものだ


常々
SNSでの繋がりに懐疑的になる部分もある
いいね!の数を気にする自分がどーしよーもないなーと思ってあまり投稿しなくなったりね
それに、自分の行動をわざわざ知らせる必要もない
(いいコトや他人の目に触れて欲しいモノを誰かとシェアしたいというときは投稿したくなるが)

Facebookの友だちが何百人もいる人ってどうよ⁉︎
実際会ったことない人でも気軽にお友だち?それがお友だちなの?

と、今でも思う

SNSなんかやってたら魂を抜かれるようで触れたくもないと断言したオンナもいたな


しかし
そんなSNSに、目には見えない奇妙な繋がりを最近感じてしまうのだ

現代の人との繋がりは、スマホやガラケーなしではなかなか難しくなりつつもある
これらがあるおかげで、他者との繋がりを感じる反面、他者と自分を比較して孤独を増長をもさせる

誰でもいいからお友だちになってしまおう、というノリではない

なにか1つ共通点があったり、いっときでも時間を共有したら、繋がる
その繋がりが広がってひょんなところから新しい出会いが始まる
いま、そんな時代なのかな

思い起こせばひとり旅
宿で知り合い行動を共にした人とは別れ際に住所交換をしたものだ
話していると共通の知り合いがいたりして…
それが今のSNSのようだ


今年はいつになく新しい場所に行ったり、興味のあることに出向き、いろんな出会いがあった
まるでひとり旅していた頃のように


遠くまで行かなくても、旅は続けられる

副作用

手術してから1年経過。転移も再発もなく。早期発見だったからね。

9月の下旬、残暑+のぼせとほてり+吐き気まで追加されてどうにも気持ち悪い日々が続いた
術後一年の検診で病院へ行った時に先生に訴えたら、漢方薬を処方してくださった
おかげでどうにか吐き気は収まり、季節も秋へと移ったのでずいぶんとラクになる

こういうとき身体を助けてくれるのは、けっきょく、東洋医学であった

外が寒くなってきて、今度は室内が暑くて困る
寒い外を歩いて電車に乗った途端に、髪の生え際汗がじわっ
建物に入った途端、汗がじわっ

頚椎のヘルニアを悪化させないためにタートルネック必須の冬を過ごしてきたけれど
今年はやたらと汗かいちゃうから着るのを避ける傾向にある
巻き物で調整をする

自宅でもいきなりブワッと熱く暑くなり、そして急激に冷える。の繰り返し
ニットも脱ぎ着できるようにカーディガンやらパーカー着用
しょっちゅう脱いだり着たりしていて落ち着かない


そのほか、腰痛も気になるようになってきて
これはヨガで頑張りすぎてしまっているのか判断が難しいトコロもあるが
どうやら副作用の更年期症状でもあるようで…
そんなときはゆっくりとお風呂に浸かる


副作用と言って症状を並べ立ててみたけれど、冬の対策としては特に厳冬期と変わらないかも
たいしたことないってことだね、大げさすぎたかな?


減ってゆく女性ホルモン
失ってゆくみずみずしさ

それらの代わりに得られるものはさて何だ

ときどき襲ってくるイライラや不安も、鬱のときと大して変わらない
この症状の宥め方が分かってきたので、なんとかやり過ごせそう


この期に、とても気になる中医学とアーユルヴェーダを細々と勉強して実践
我慢しなくていい
得たいと思うのなら行動に移してしまえばよい
もう20代30代の頃にように我慢して自分を押さえつける必要なんてない
だれも私を咎めたりしない
だれも私に気を留めたりしない
進んでよし、だと思う

お疲れさま

  • Day:2017.09.16 00:21
  • Cat:WORK
はや9月
産休の人が復帰するまでだった契約が9月末まで延長となり
穏やかな職場でゆるゆると過ごしていたら
終わりが見えてきた

大企業の孫会社ということで
今までの派遣先とは全く雰囲気の異なる、のーんびりとした、まさにアットホームという言葉が当てはまり、周囲は競争心もなく人当たりが良く私語も多く終始ホンワカとした職場であった
でも言い換えれば、外部の人間は表面上は上手く付き合いつつも実は全く受け入れない田舎の仲間意識の強い集団なのだな

孫会社同士が合併することになり、これからの環境が少しずつ変わる
グループ会社から経理専門の人間が9月から2人出向してきた
というわけで人手は足りているのでもう派遣は必要ないとのことで次回の契約延長はナシであと数日で私はここを去る

外部の人間を受け付けないと気づいたのは、出向してきた女性が言った一言「風当たりが強い」
言われて意識してみたら、ほんとにあからさまによそよそしい
自分もそうだったのかな?
業務に必死すぎてそういう視点は持てなかったけど、いま引き継ぎ中で全く業務がない日々が続いているのでなんだかこれまでと確かに視点が違ってくる

和やかに感じた私語や雑談が雑音にしか聞こえなくなり苛々している自分を自覚する

居なくなる人間に与える仕事はないので、まじ手隙状態
FJ思い出す

でもこの会社、手隙社員は何人も抱えているのでこれ以上人を増やさないんだなって外部の人間にまでハッキリ分かってしまう

経理は専門外で苦痛に感じることもかなりあるので、結局これ以上は自分の中にも入ってこないし(頭が働かない)ちょうど潮時なんだな
ココは自分の居場所ではない

2年のブランク後の社会復帰として電車通勤ストレスなしの自宅から徒歩通勤できる職場であったということに感謝!
直近の上司さんが驚くほど丁寧な人物であったことにも感謝!
この方も出向の人で、10月から本社に戻られるそうなので私はちょうどいいタイミングでココを去ることができて結局いい結果なんだと思う


業務内容としては、Excelの複雑なのはもうやりたくなーいと数年前から思っていたけど……Excelのほうが経理より全然頭に入ってくる

とにかくお金の数字に拒否反応(*_*)

派遣を続けて行く限りこんな仕事しかこないのだろう
働き方を改める時期なのかな、とも感じる

御岳山/滝行

数年前からN先生から話を聞いていて、絶対に行ってみたいと思っていた滝行
実現するまでに時間がかかったな

今がベストなタイミングだったのでしょう、きっと。


御嶽・滝行2017
photo by iPhone:2017.08.06


アーユルヴェーダでは
5つの元素から宇宙の万物は成り立っているといわれている
空・風・火・水・土

宇宙の始まりOMの振動から空が生じ、それに動きが加わり風になる
さらに熱(激性)が加わり火になって、重性が加わり水になり
そして暗性が加わり地となる

五大元素はあらゆるものと関連している
物質、心、目に見えるもの、目に見えないもの…


陰陽五行説では
万物は陰と陽の二つのエネルギーで構成されている、といわれている
そしてその万物は木・火・土・金・水の五元素の性質を持ち、それらが互いに影響しあって
宇宙が成り立っていると考える

アーユルヴェーダの五大元素は万物の性質を表し、
陰陽五行説では自然のエネルギーや動的な力のような概念ととらえられる


知りたいと思って進んで学びはじめたこと
ヨガ〜アロマテラピー〜お香〜チネイザン(氣内蔵マッサージ)
アーユルヴェーダ〜チネイザン〜東洋医学と繋がってきているから面白い

自分が何でできているのか
この不調は何処からくるものなのか
不足しているものは何なのか
だったら何を足していけばいいのか、調べる、実践する


先月の信濃大町といい、今回の滝行といい、水に縁がある夏だ
自ら進んで水の元へ赴いたことになるんだけど

その力、水の浄化作用は大きい。


1日目は夕方に
2日目は早朝に滝行をおこない、
初日はさすがに緊張もあってかリラックスしきれなかったと思うが
水を浴びて着替えた後は、水を浴びる前と違って空が、緑が、びっくりするくらいみずみずしいのね
そして暑かった山道で汗だくになった体も冷たい水を受けてさっぱり
体だけでなく、もちろん心もすっきり

2日目は「水に委ねて」「受け入れて」との言葉をしかと受け止め、
祓戸大神(はらえどのおおかみ)を唱え続けた

滝行を引率指導してくださった人の話によると
私自身はあまり自覚はなかったのだけど、滝の水と一緒に邪気だか不要なものが流れ出て
それが風となって出てきてその人がその風を感じたのだとか。
ときどきそういう人がいるんだって

「すっきりしたでしょ。顔つきが違う」としきりに言われてもどうもピンと来ない
たしかに冷水でスッキリはしている

滝行をしてそのまま下山してしまうとパワーが強すぎるとのことで
そこの宿坊では、朝食後(夕食後も)に呼吸法と瞑想そしてクリスタルボウルを聞いてクールダウンして
落ち着かせてから解散という流れになっていた

クールダウンの時間が私には足りなかったのか、下山してから帰宅するまで
なんだかぼんやり
下山してから昼食にお蕎麦と、昼間から飲んでしまったビールも相乗して猛烈な睡魔も。

滝行終えて2日経って、ようやっとかなりクリアになってきた!


自分には水が足りなかったの?欲していたの?
火が多すぎたの?

…勉強しよう










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