どこから行っても

所帯じみているのは、しょうがない。

生きてゆくこととは、つまり食べて眠って金かせいでっていうことなんだと、

僕はずいぶん小さい頃から知っていた。

同級生の中には、今もそのことがよく分かっていないやつが多い。

誰が、たとえば自分の弁当を作る材料を金を稼いでくれるのか。

誰が、その弁当をつくる労力を提供してくれているのか。







時間が経つと、「友だち」だったはずの相手は

ただの「知り合い」になってゆく

上の学校に進んでからしばらくたつと、

十数人いたはずの「友だち」は、気づいてみれば

一人か二人に減っている

さらに上に進むと、その一人二人も、

いつの間にか姿が見えなくなっていいたりする



そうやって、時間は友だちをふるい落とす









どこから行っても遠い町/川上弘美



商品がありません。



さいきん川上弘美さん続き



ギズギスとして理路整然としたノンフィクションではなく

もっと柔らかい表現の、身近な

ノンフィクションの自分に近しい言葉に包まれたくなる時、

読みたくなる





いつも人と比べてばかり

人の目を気にしてばかり

ならば

自分はいったいどうしたかったのだろう?

誰かからこうされたい、

じゃなくって

本当は○○したかったのでは?

ただ周りの波にのまれて一緒になって

流れてしまっただけなのでは?



いつも周囲によって本心を見失う

けれども

本心を本気で直視しようと思ったことがあっただろうか



なーんて思うようになった



で、見つめ直そうと意識を向けても

雑念が飛び交うばかりで

やっぱり周りが気になってしまいがち



そんな雑念だらけで流されやすい

フニャフニャとした物体が、私という生き物なのである







今ここにいるのは、家族のおかげ

焼き上がりのパンをおいしいおいしいと言って

食べてくれる家族のいる幸せ



それだけで充分なはずなのに

…欲まみれな自分





あの子はまだ自分にとって「友だち」だろうか



ふるいにおとされない友だちがいるだけでも幸せ





もっともっと幸せをかみしめてもいいはずなのに

ここんとこ、いい気になっているな





この欲張りめ!











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